囮物語 なでこメデューサ みんなギャグキャラだったのにね…

囮物語 (講談社BOX)

囮物語 (講談社BOX)


質の高さと多様性を併せ持つ良作

とりあえず直近で読んだものを一つ。

物語シリーズの10冊目?だと思います。
このヒロイン視点で語られる形式になって以降はどうも毛色が違う気はしますが、面白いことに変わりはありません。

一見饒舌な語り口で言葉遊びが多いため、それに終始しているように感じていたのですが、実はとにかく高いレベルで色んな要素を取り込んでいる話だと思います。

主張しすぎないように主張も織り込まれつつ、伏線を張りながら引っ張る力を持ち、最後にひっくり返すギミックがあり、かつ物語として読ませるストーリーもある。贅沢ですね。


・しかし本当に撫子って子は……

嫌な子ですよね。月火との会話が象徴的だと思いますが、「かわいいから好かれるんだよ、良かったね」と言われて、「かわいいだけが理由なんてちょっといやだな……」「じゃあそうでないと言えるように努力すればいいじゃない」「そういうの疲れるから嫌」って。

別に努力できないこと自体はいっこう責められる要因ではないと思います。ただそれが分不相応な望みと合わさると途端に不快になるから不思議です。

誰しも少なからずこのような楽して結果を得ることを求める気持ちがあるけど、基本的には叶わないので「それは不合理で良くないことだ」と遠ざけているものを、いきなり直視させられるからでしょうか。

あれはすっぱいブドウなんだ、だから悔しくないって言ってるのに、実はおいしいって分かってるんだろう?って言われたら、分かってるからそれは言うなよと。

そういった意味では、非常に欲望に忠実ではないでしょうか。苦い薬でも飲んでいるような気分になりました。だがそれがいい

・視点の操作 「キャラ」なんて存在しないのか

特にやられたのは、一つ前『花物語』での貝木と神原の遭遇シーン。囮物語の話ではありませんが。

神原や戦場ヶ原サイドに肩入れして読んでいるとつい自然に、なんだこの悪人めと考えてしまう。神原視点から見ているので、公平性を保つのはよけいに難しい。そこであの切り返しですから。

ごく普通に、理屈では分かっている。理屈では分かっていても、それはこんなに簡単に崩れるでしょ?と、手のひらで転がされて気づく感じです。

あとこのヒロインが語り部になって感じるのは、マンガ的な立てられ方をしていたキャラたちが、1人称で語り部をするこの違和感。キャラが変わっているように感じるほどですが、むしろ現実だろうと他人のことなんてそれくらいしか見えてないんじゃないか、という気にもなります。

つまりその違和感こそが狙いで、花物語の「悪人がすべての人にとって悪人ではない」とか、今作での「誰しもが不安を抱えている」というような視点の相対化、絶対性のなさをまさに体現しているようにも思います。


・要するに

初期のように腹がよじれるほど笑える作品ではありませんが、相変わらず面白いよね、という話でした。

この巻から勧められるわけではありませんが、上記のあれこれはこのシリーズでは最初から一貫している長所だと思います。