楽聖少女2 煮え切らない→熱い→煮え切らない→熱い

楽聖少女2 (電撃文庫)

楽聖少女2 (電撃文庫)

・パラレル音楽史

21世紀の日本人が、ゲーテに呼び出されてなり代わってしまった。名だたる作曲家が生きる時代は、歴史とは奇妙に異なっていて…?

本書は一見してイロモノに見える。

なぜか美女の悪魔メフィストフェレスはエロいことばっかり言ってからかってくるし、ハイドン脳筋の格闘家、そしてベートーヴェンはなんと少女だ。ナポレオンなど一人で万の軍隊を破る怪物である。

しかし、それでもこのシリーズは一発ネタではない。どころか『さよならピアノソナタ』直系の「熱さ」を持っている作品である。

定評のある(?)熱い音楽描写も存分に楽しめるし、不条理を捻じ曲げて道理を通す、意表をついた展開も健在だ。あとコメディだけではないと言いたいだけで、コメディとしても質は高い。

今巻からコメディにしろシリアスなシーンにしろ、杉井光が完全に通常運転し始めた感がある。主人公が以前はあまりに煮え切らないことばかりしていたが、いくぶん積極的になった。それでも通常運転程度ではあるが。

また、本シリーズでは歴史をなぞるというマクロな要素がストーリー上重要であるにも関わらず、杉井光のミクロに強い長所がうまく発揮されているため、いい仕上がりになっていると思う。


・歴史の活用によるマクロの補填

1人称に強い作家と3人称に強い作家がいるとすれば、杉井光は間違いなく前者である。

独特の読みやすさを持つモノローグにしてもそうだし、突っ込み役の主人公を起点にしたコメディもそうだ。何より主人公の目線で出来事を切り取って捕らえるのがうまい。

それゆえに、傾向としては比較的ミクロ=小さな出来事を描くと傑作になる傾向が強かった。ただ戦って世界や社会を救うような話になると、容易にセカイ系になり、組織が消失してしまうケースが目立っていた(剣の女王、エリアル、シオン(?)など)。そうなると一定以上のリアリティを担保できず、どうしても物語の強度が下がる。

しかし本書はマクロよりの要素を多分に取り入れているにも関わらず、この点で「いいかげんさ」を感じさせない出来になっている。

これはマクロの要素としてはもっとも強度の高い「歴史」を活用していることが大きいように思う。歴史にしたがってマクロを構成すれば、自然とリアリティを保つことが出来る。

こうして整えた舞台上で杉井キャラを存分に動かすことで、苦手ながら歴史モノの醍醐味としてマクロを演出しながら、得意なミクロを活かすことに成功しているように思えた。

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謎がだいたい出てきて、ここからまだまだ盛り上がってきそう。期待のシリーズである。<評価>
コメディ★★★
親愛★★★
無双系★★☆
ビルドゥングス・ロマン★★★
テーマ性★★★☆