獣の奏者Ⅰ,Ⅱ 上橋菜穂子

獣の奏者 I 闘蛇編

獣の奏者 I 闘蛇編

獣の奏者 II 王獣編

獣の奏者 II 王獣編


・圧倒的な空気感

一匹の獣に向かって、必死に竪琴を奏でる少女。

そんな頭に思い浮かんだ一場面から広がって、この話ができたそうです。そんな馬鹿な。

確かに、本書は圧倒的なまでの世界の「手触り」があります。世界や設定についての説明がほとんどないにも関わらず、匂いまで伝わってくるかのようです。

それは一つ一つ丁寧に書き込んで言った結果、なまじ世界設定の説明をされるよりもよほどリアリティを持って感じられるからだと思います。

しかし端々に見える世界の大きな流れや、様々な動きが結果的に主人公の話と見事につながっていくこの構成は、ではどこからきたのか。不思議でなりません。


・その決意に痺れる※とんでもないネタバレ

この小説の魅力のひとつに、登場人物達の気高さがあると思います。とにかくみんな格好いい。こんな風に成熟したいな、とか、こんな決断俺もしてみたい、と思わせてくれる人物ばかりです。

しかし真に素晴らしいのは、それすらも超えて行く瞬間があることです。

例えばソヨン。闘蛇に特滋水を与え続けることが全滅を招くかもしれないと分かっていながら実行し続け、結果的に牙を全滅させてしまいます。それが自分の死に直結するかもしれないのに。

霧の民としての知識が大きな破滅を招くことを知っていたからですが、その時点でどれだけ自分に厳しいんだと。

さらに凄まじいのは、この後娘のエリンを救うために結局戒律を破ってしまう。破ってしまうのに、破ったから自分も助かることができたのに、自分はそこで死んでしまう。

もうその強さが、恐ろしいです。神々しいです。

妄信して死んでいくのなどとは全く違う、静かな決意があります。いっそ仕方がなかったと思えばいいのに決してそうしない。自分の意思でそれを選んだと言う誇りと責任を持っている。

この境地は遠いなあと思います。


・天才のポテンシャルが十全に解放されていく快感

主人公のエリンは天才です。それは作中でも言われているとおりです。

ただその才能は、見ていて理解が及ぶように還元されています。それは結局集中力だったり、疑問を立てることのできる思考力の差であったりします。まあなんにせよ、天才が覇をなしていくさまは見ていて気持ちのよいものです。

そして才能あふれるものには勝手に環境がついてくるんだよ!と言わんばかりの運のよさです。強いて言えばこの異常な運のよさは、この物語の小さな欠点と言えなくもないですが、「運が良かったから物語になった」という逆説も成り立つので何とも。

ただそれでも、と注目したいのは、それでも世界が変わらず(現実と同じように)厳しいことでしょうか。能力があるがゆえに望みを抱くのに、能力があるせいでその望みは世界が許さない。過酷です。ただその過酷さがエリンの決意や才能を輝かせていることもまた否めません。


・誰が読んでもいい傑作

そんなこんなで、誰が読んでもいいくらいの傑作だと思います。

求めるものによって好き嫌いはあるでしょうけど、何かしら感じるものはあるのではないでしょうか。