紫色のクオリア


なんだか色々話題になっており、id:kaienさんも高評価だったので、これは読まねば!と思い流れに乗り遅れたのを承知で買ってきて読みました。

うえお久光さんというと、悪魔のミカタを途中で投げ出して以来少し警戒していたのですが…土下座して謝りたくなるくらい面白かったです。まぁ自分の土下座に価値なんぞありゃしませんが…。

★5つはめったなことじゃつけないぜ、と思っていたのに、もうついています…気にしない。

しかしその海燕さんの紫色のクオリア紹介記事を読了後に読んだのですが、

http://d.hatena.ne.jp/kaien/20090724/p1

秀逸すぎで、格の違いだなぁ…と思いました。が、この場所の意義としてなんぞ自分なりに書きます。何かの事故でこの記事を見ている人は、そちらを読んでみるとこの本のよさが的確に分かると思います。

さてこの話、確かにSF要素は強いですが、ライトノベラーでも頑張れば誰でもいけるくらいSFの話は分かりやすいです。文章的にも構成的にもすばらしく読みやすくてスピード感もあり、内容的にも深い掘り下げがあるのにしっかりエンターテイメント。

べた褒めですが…充実した読書でした。本当にオススメしたい。

この本は反転しないで話せることがあまりないので、以下反転。いきなりウルトラネタバレします…とにかくこの本は未読ならネタバレなしで読むことが望ましいと思いますので、読んだ人のみ見たらいいと思います。

さて内容に移りますが、基本の話としてはそれほど新奇というわけではないように思います。「大切な存在を守る」という話は、そのまま行けば王道の話ですし、この本のように守られる側が「私は守られるだけじゃない」と言う話もまた多くあるように思います。

最近の話では『コードギアス』のルルーシュとナナリーや、『シムーン』のネヴィリルとパライエッタ(本当はもっと沢山あるんでしょうが…というか最近?)などを思い出しました。

だからこの物語の特筆すべきところは、SFを取り入れることによって先の展開を全く分からなくした所じゃないかと思います。

しかし何せSFといえば、僕はイーガンにJ・P・ホーガンとL・M・ビジョルド、いいとこ飛浩隆を一冊ずつ読んだかなー程度で、要するに毛ほども詳しくないのでなんとも言えないと言えばそうなのですが…

以下比較のため、イーガンの『宇宙消失』(イーガンの中で唯一最後まで読めた…笑)までネタバレします。

なぜ宇宙消失かと言えば、題材が紫色の『クオリア』と似ていたので。要するに量子力学の不確定性の話。シュレディンガーの猫とかです。

宇宙消失の場合、自分という観測者がいることで波動関数が収束してしまう!どうしたらいいんだ!ということが問題になり、解決策として、自分が観測しない状態になるように自分を改造すればいいんだ!という話が中盤までだったと思います。

これに対して『クオリア』は、なんだかよく分からないが自分が量子状態になっていて、好きな状態で波動関数が収束できるぞ!というすっ飛ばしっぷり。

そこから先でトンネル効果で時間平面がおかしくなるという話も共通しているのですが、展開が全然違うのが面白いです。

宇宙消失は最後行くところまで行って混沌とした状態で終わるのですが、『クオリア』は主人公が意のままに時間を跳躍して過去に干渉できるようになるだけという。

それは、やはり主人公の学に「ゆかりを助ける」という強烈な目的意識が常にあることから来ていると思います。能力的にはもう何でもありに近いのに、目的があるから、それ以外のことは検討されない。

このSF考察より物語重視のスピード感は、ライトノベルにふさわしいのではと思います。

この助けるという目的に関しては、トライ&エラーが無限と言えるほど繰り返されてあらゆる方法が検討されていくものの、恐ろしい情報圧縮でスピードを落とさない。

それに目的があるためもう何が起こっても、「こうなんだから、これでいい」で進んでしまうので、SF的な難解さも回避できる。

しかし何度やっても何をしても助けられず、しまいに生命の枠から外れてしまった時、この物語が最初にすっ飛ばした観測者の話に帰ってくる。ゆかりを助けられないのは、ゆかりが自分について自分が観測者だから他からは干渉できないのだ、と。

この助けられなかった理由もさることながら、この後マナブが日常に帰ってくる下りまできちんと物語内の要素で収束させたことも完成度に貢献しているのでは。

で、なぜここまで評価が高いかと言うと、最後のクオリアの下りでぐっと来てしまったからでした…

作品の尺が長くなる傾向の進む一方で、1冊の濃度がこれだけ濃い作品もなかなかないのでは…傑作だと思いました。