物語に対する「面白い」とは③

物語に対する「面白い」とは①

物語に対する「面白い」とは②

続きです。

前回をまとめるのは容易ではありませんが、それでも試みるなら、

・自己拡大欲求は聖化=価値観を作って、その中で上位へ行こうとする欲望の形で表現される

・物語における「面白い」とは、欲望の充足である

・その一面として、自己放棄による、物語の没入とそのストーリーから得る欲望の充足が挙げられる

・感情はこの一面の欲望の充実に含まれるが、既に十全に表せてはいない

と言う感じでしょうか。


・テーマの効果

前回までで、「感情が動く」では「面白い」を表現しきれないことは既に述べました。しかし物語にはさらに、この欲望の充足に比肩する重要な要素があると私は考えています。

それがテーマです。

人は物語にこめられたテーマから、物語を通して価値観の書き換えや、深化を行うことができます。物語に触れると、登場人物の葛藤や決意などの生き様、またそれを通した成長を見ることで、自分の価値観とは違った価値観に出会うことができます。

一見してこれは他人に会うこととどう違うのかと思われるかもしれませんが、バックグラウンドの文脈や価値観の体系の深め方、またその価値観を持って生きるとはどういうことかなど、情報量が全く異なります。まあ現実での出会いにはそれが現実であるという点と、肌で感じられるという長所がありますので、これは一長一短です。

とにかく自分と違う価値観に出会って、それを味わうことで、価値観=欲望を書き換えることができます。未熟な欲望と言うのは容易に嘘であることがばれますから、より納得度の深い価値観になることはそれだけで自己を拡大する欲求を大きく満たすことに加えて、そのことで欲望の充足がより充実したものになります。

つまり、物語にふれることは、直接自己に影響を与える効果があると言えます。

ミステリなどはこの亜流で、読者に思考を促すことよって本人の思考を一時的かつ局所的に増大させ、欲望の充足を促していると言えるのではないかと思います。

これがもう一つの物語が「面白い」と言いうる要素です。


・もう一度感情を動かすことの持つ効果について考える

しかしここで注意しなければいけないのは、物語のテーマによって価値観の深化や破壊が起こるのは、あくまで主人公、大きく捉えれば物語に没入して体感してきたからです。

ゆえにこの感情を動かす要素の弱い物語では、必然的にこの効果は半減してしまいます。理論的に諭されても欲望の充足が伴わなければ納得感は薄れ、価値観の深化は限定的にとどまってしまうからです。

勝手な推測ですが、この価値観のみを理詰めで追求する方向性を極限まで突き詰めたものは「物語」ではなく「哲学」と呼ばれるようになるのではないかと思います。

ただ価値観に関して言えば、始めからテーマについて興味がある、いわゆる「テーマ読み」をする分にはこれは当てはまらないように思いますが、こういう姿勢を物語の側が前提として求めるのは少し違和感があります。もちろん、そういうものがあってはいけないわけではありませんが。

以上の議論より、最終的に「面白い」が何を表すのかをまとめたいと思います。


・物語における「面白い」の種類

ここまで、面白さには二つの要素があると言う話を延々としてきました。

要素が二つあれば、Aだけある、Bだけある、AとBどちらもある、どちらもないという4つのケースが考えられますので、これを見てみたいと思います。

欲望の充足に焦点を絞った物語というのはイメージしやすいです。『世界の中心で愛を叫ぶ』のような恋愛モノはその典型ですし、ギャグ漫画とかはだいたいこっちですし、ラノベでも様々なジャンルにおいて、『ハルヒ』『フルメタ』『カンピオーネ!』『IS』などなど。

この欲望の充足というのは、つまるところ「エンターテイメント」と言うことができるかもしれません。

一方でテーマに偏った物語というのは、私もまだ読みこなせるわけではありませんが、ドストエフスキーとか、ヘッセとかが多分近いのではないでしょうか。こちらは敷居はかなり高い……と思います。

それぞれが長所を持っているため、どちらがいい、悪い、と言うわけではありません。どちらかが好きなユーザーと言うのも多数いるでしょうし、個人であっても気分によって触れたいものが異なることはままあります。

同様に両方持っていれば、それが「いい」というわけではありません。ただ「面白さ」という尺度を考えるとき、二つを併せ持ったものをより上位の「面白さ」とすることが自然のように感じます。

つまり最高に「面白い」物語とは、「テーマを感じさせないほど物語の展開が素晴らしいのに、読み終わってみると気づかないうちに価値観の深化が起こっている」という、ある意味矛盾した二つの要素を併せ持つことではないでしょうか。

没入できるような分かりやすいストーリー=没入しやすいように価値観としてある程度擦り寄った内容でありながら、全体を通すと深化が起こっている、という感じです。

逆にどちらも持っていなければ、それは残念ながら「面白くない」ということになります。くどいようですが、それが悪いわけではありません。

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ここまで長くなるとは全く考えていなかったのですが、ずいぶんなボリュームになってしまいました。

どうでしょうか。

読み方や、面白さのあり方について少しでもヒントになったでしょうか。せっかくなんでなっていればいいと願います。

このような分かりにくい文章をここまで読んで下さった奇特な方がもしいらっしゃいましたら、心より御礼申し上げます。

ありがとうございました。