烙印の紋章XII あかつきの空を竜は翔ける(下)

※2節目以降ネタバレ

・本格派の王道異世界ファンタジー戦記がついに完結

またひとつ大切な物語が終わってしまった。物語が始まる以上、いつか必ず終わりが来る。例え明確に終わらないような形でさえ、いつかは終わってしまう。これ以上続きが見れなくて残念なような、完結まで目にすることができて嬉しいような、例の不思議な気分だ。

本書はいち奴隷剣闘士だったオルバが、偽者の皇太子として立てられ、激動の戦乱期を戦い抜いていく英雄譚だ。

わざわざ強調したのにはそれなりに意味がある。本書の結末として「描写が不十分」「伏線が未回収」という声が予想されるためだ。この点については後ほど考えていきたい。

しかしとにかく、硬さ的な意味でギリギリを攻めるような重厚な群像描写といい、萌え要素に一切頓着しない登場人物といい、ライトノベルとしてはかなりニッチな作品にも関わらず、その作風を貫いて12巻の完結までたどり着いただけでも称賛に値すると思う。

加えて純粋に上質な物語で楽しませてくれたことに対し、改めて感謝したい。


・何が話の中心なのか

確かに本書の一部には、それ単体で見ると不完全燃焼に思える部分が散見される。特にガルダ関係は不完全燃焼な感が拭えない。

この理由として、ガルダがオルバにとって因縁のある相手にも関わらず、直接オルバが決着に関わっていないという点が挙げられそうだ。またSF的な要素についての掘り下げが少し不十分であるように感じることも否めない。

私は前述の通り、この話をオルバの英雄譚だと思っている。群像的な歴史絵巻ではないのだ。

つまり極端なことを言えば、全てを記述する必要はなく、この軸に必要な部分だけを書けばいいのだ。

では英雄譚に必要な部分とは何か?

英雄を描くのだから、その覇道だけ描いていればいいという意見もあるかもしれないが、そんなこともないと思う。この英雄をよりくっきりと描くためには、

・彼(英雄)がどんな動機で、どんな風に考え、どんなものを見て、どんな決断をしたか

という個人に焦点を当てることは確かに必要だが、ほかにも

・その時代に生きている人がどのように考えるか、またその考え方をする人が彼を見てどう思うか

という部分が必要ではないだろうか。これが群像的な描写に当たる、という風に見れば、今回の描写もさほど違和感がなく読めると思う。

ガルダとの決着をイネーリ、ビリーナ、皇帝がつけるというのは、ある意味では彼らの人となりを描写することでもあるが、またある意味ではオルバと関わってどんな影響を受けたか、ということを描写することでもある。

そう考えれば、事態がオルバの手を離れて動いたとしても不思議はないし、SF部分について掘り下げることの必然性もなくなるのではないだろうか。

もちろん、どちらかと言うと結局事態にあまり関わらずに終わったイネーリや王妃なども、当初の野望に比べるといささか不発に終わった感が否めないし、ガルダとの完全な決着に導かれなかったのも不満と言えば不満だ。

ただ、オルバ個人について言えば描かれきったので、話として不足はないのでははないかと思っている。まあ外伝がない、とは言えないが…

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まあ、英雄という存在についてはもう少し突き詰めて考える必要があるとは思いますね……。「英雄は死ななければならない」はずなのにオルバは死んでいませんし。

もう少し落ち着いて読み返したら新たな発見があると思うので、今から楽しみです。<評価>
親愛★★★☆
無双系★★★☆
ビルドゥングス・ロマン★★★★
テーマ性★★★★